将来賃料の紛争を起こさないために〜予防医学ならぬ予防策は

将来、賃料をめぐって争いが生じないための予防策はないのでしょうか。

予防医学ならぬ予防策は

当事者間に賃料をめぐって争いが生じ、一方当事者から継続賃料の鑑定評価の依頼を受けたとき、どうせなら当初の賃貸借契約の段階で、また契約期間の途中の段階で未然に紛争が起きないように方策をめぐらすことはできないのだろうか、とおもってみたりします。

いったん紛争が起きるとその解決は並大抵のことではありません。経済的には勿論のこと、精神的にも当事者双方に多大な苦痛をもたらします。何よりも、信頼関係を基礎として成り立っている継続的な賃貸借契約のその信頼関係にヒビが入り、将来にわたって紛争が絶えないことになってしまいかねません。

紛争後の鑑定評価から紛争前のコンサルティングへ

今は、不動産鑑定士の役割は、もっぱら鑑定評価を通じて紛争の解決を事後にすることですが、紛争の起きる前に事前に予防策を講じるためのコンサルティングをするということでその役割を果すということがあってもよいのではないか、とおもってみたりします。

ところで

一体、何故、賃料の争いが生じるのでしょうか。

紛争の種は何処にあるでしょうか。

それは最初に取り決められた

賃料等の賃貸条件

賃料の改定方法にあると考えられます。

従って将来の紛争を防止するには、

結論から先にいえば、以下の点をおさえておくことです。

最初の契約時点で、

1.賃料額については、周辺相場賃料より高いか低いか、高いとすればどの程度高いかを明確にしておく。

2.賃料改定方法は、自動増額特約は採用しない。当事者の協議により定めるものとし、その場合消費者物価指数とか家賃指数とか物件にふさわしい客観的なスライド指数を模索し、これを基準とすることを定めておく。

契約期間の中途で改定時ごとに

上記1、2による検討を行ない、その都度賃料の周辺相場賃料に対する位置づけを明確に、必要な場合は例えばスライド指数を修正する。

以上について、取り決めたことを記録し、必要な資料を保管しておく。

一つの事例として、物流施設の賃料(家賃)を取り上げてみます。

image002.png

地主(A)      :工場跡地を所有する中小企業

事業会社(B):物流施設を多く手がけ事業運営する会社

地主(A)は、工場跡地を有効利用できないかとかねがね思案していたところ、取引銀行によって事業会社(B)を紹介されました。

そこでAは工場跡地に、取引銀行からの借入金とBからの建築協力金(契約以降は敷金、保証金となる)で物流施設を建設し、これをBが長期に借り受けることになりました。

地主(A)の借入金返済計画

Aは物流施設の建設費を取引銀行から借り受け、Bとの長期賃貸借契約に基づく賃料収入で借入金を返済していくという事業計画を立てます。

事業会社(B)の事業計画

Bは荷主からの保管料収入から賃料等の経費を払ったうえで、一定の収益を上げる事業計画を立てます。

賃貸借契約の骨子は次のとおりです。

(オーダーメイド)

1.物流施設は構造、規模、仕様等々について、借主であるBの要望を全面的に採り入れたものとします。いわゆる「オーダーメイド」の形式です。

(建築協力金)

2.建築費の一部として建築費の20%相当の建築協力金がBからAに差し入れられます。なお契約の段階では一部は敷金、一部は保証金となり、保証金は10年間は据置かれ、11年目から10年間にわたって毎年一定額がAからBに返済されます。

(賃料と賃貸借期間)

3.賃貸借期間は20年間とし(それ以降は2年毎の更新)、支払賃料は月額1,800万円(5,000円/坪)とします。契約期間中の中途解約は禁止されます。

(賃料改定)

4.賃料改定は2年毎とし、物価の変動、公租公課、その他の負担の変動、近隣土地建物の賃料の変動、その他経済情勢の変動による諸事情を考慮のうえ、当事者が協議し定めます。

(その他)

5.その他保守管理、修繕等々について取り決めます。


以上の取り決めがなされ、賃貸借契約がスタートします。

事業会社Bの経営が順調に推移しているときはあまり問題が生じないのですが、行きづまってきたときに問題が生じます。景気が悪くなって荷主の事業が思わしくなくなり、Bへの保管料が減額されその結果、保管料(収益)に対する賃借料(費用)の比率が大きくなり、ついには逆ザヤになったりすると、賃料の減額請求がなされます。景気の下降に呼応して地価や賃料が下落していることが背景としてあります。

これに対し、Aは事業計画を決断する前提となった借入金返済計画が目算どおりにいかなくなってしまうので賃料の減額に反対します。

以上から、AとBとの間に争いが生じます。

 

賃貸借契約は、本来A、Bが自由な立場でそれぞれの事業計画、返済計画を考えて、締結したものです。目算が立たなければ契約を結ばなければよいわけです。経営環境が悪くなったからといって契約を履行しないことはあってはならないことです。契約自由の原則(私的自治の原則)が支配します。

しかし、それにもかかわらず、

借地借家法第32条第1項(強行法規)によって、現行賃料が不相当となったときは、契約の条件にかかわらず賃料の増減請求ができます。

その結果、賃料の増減額をめぐって争いが生じて解決できないときは、ついに裁判所まで持ち込まれます。

<最高裁判所の判例では>

1.賃料増減額請求が認められるか否か

2.認められるとして相当賃料額はいくらか

ということについては、

借地借家法第32条第1項に例示された、

土地、建物に対する公租公課の増減

土地、建物価格の上昇、低下その他の経済事情の変動

近傍同種の土地、建物の賃料との比較

のほか

賃貸借契約の当事者が賃料額決定の要素とした事情その他の諸般の事情を総合的に考慮して判断されることになります。

当初の契約では、A、Bがさんざん交渉した結果、オーダーメイド方式、建築協力金、賃料、契約期間(中途解約禁止)、賃料改定方法等々について妥結したのですから、本来は、Bは経営が思わしくなくなったとか、近隣の賃料が下落したとかいった事情に関係なく契約を履行する必要があります。

しかし、賃料が不相当となったときは、借地借家法第32条第1項によって、Bの賃料減額請求が認められることになります。

契約をしたからといって安心できません。とくに地主Aは、借地借家法第32条第1項の強行法規のことは念頭にないことが多いといえます。契約交渉でさんざんやりあって契約条件を決めたにもかかわらず、賃料が減額されるということはAにとって想定外のことが多いと考えられます。

さて前に戻りますが

何故、賃料の争いが生じたか、紛争の種はどこにあるのかといえば賃貸借契約時の賃料等の賃貸条件賃料の改定方法です。

賃貸借契約が締結されるのは、契約自由の原則が支配されるところですが、次の事情が背景として考えられます。

(契約賃料は周辺相場水準より高いことが多い)

事業会社B

新規事業を何とかして拡大したいという動機があります。

このため事業計画の枠内という前提があるものの、ともすると無理な条件を飲みがちです。賃料は周辺相場よりやや高めでも、賃料改定方法は地主Aに都合がよいものでもOKしがちです。Bの希望を全面的に採り入れた建物、オーダーメイド方式であればなおさらです。

地主A

工場跡地を有効利用したいという動機があります。

Bの提示した事業計画、返済計画のレールに乗っかれば極端にいえば何もしなくてもよい、将来のリスクはBが負担してくれる、という思惑があります。

そして周辺相場水準よりともすると高い契約賃料を基礎に事業計画(返済計画)をイメージすることになります。

さて、契約時の賃料は月額5,000円/坪としたのですが、契約から4年経つと、Bは荷主からの保管料が減額され保管料(収入)と賃借料(費用)との差が少なくなり経営が苦しくなったとして、契約上では改定賃料は月額4,900円/坪ですが、賃料を月額4,700円/坪とするよう請求を行います。

Bは、契約の締結にあたり、何とかして新規事業を開拓したい、しかもオーダーリース契約ということも手伝って、Aに将来とも良い方向に事業が進むというようなことを言いふくめていることが多いといえます。契約後しばらくの間は強気の交渉ができません。その結果、月額4,700円/坪まで減額することはできず月額4,850円/坪でまとまりました。

さらに2年が経過し契約時から6年を経過すると、荷主からの更なる保管料の減額請求もあり、BはAに対し月額4,850円/坪を月額4,700円/坪にするよう再び減額請求を行います。

これに対しAは、事業計画(返済計画)について金融機関の諒承をとらなければならないことや、賃料減額の常態化をおそれ、賃料の減額に応じようとしません。A、B間の賃料交渉は膠着状態が続きます。


以上の交渉経過では

Bは経営状態の悪化を、Aは事業計画(返済計画)の変更行きづまりについて主張しますが、周辺賃料相場や賃料動向(変動)についての話しはありません。

契約から8年を経過すると賃料交渉に進展がみられないので、Bはついに裁判所に賃料減額請求を持ち込みます。このときBによって鑑定評価書が提出されたので、ここではじめて契約から8年後の周辺賃料の相場や賃料改定の方法(賃料変動指数)が登場します。

 

賃料等の賃貸条件

契約時の賃料額について

契約時の賃料額(月額5,000円/坪)については周辺賃料の相場より高いことが考えられます。Bは何とかして新規事業を獲得したいので多少とも無理をします。契約自由の原則ですから、何も相場賃料である必要はありません。 

しかし、この場合は、周辺相場賃料はどの程度かをはっきりさせておくことが、後々の紛争防止や紛争解決のためには大切です。

元々周辺相場より高い賃料で合意したのだから10年先や20年先はともかく、当面の間は周辺相場より高い賃料が続いても、A、B双方が織り込み済みだということがいえるからです。

また、周辺賃料相場の水準について、A、Bが共通の認識をもち、共通の資料をもっていれば、賃料改定方法が一般的な物差しで妥当なもの(スライド指数)であれば、賃料改定交渉はスムーズにいく可能性が高いといえるからです。

AとBはこのような共通の認識、資料に基づかないで、ただ自らの事業計画をお互いに相手方にぶつけ合うことで交渉しているので、交渉はまとまりづらくなったといえます。双方が認め合う共通の土俵が欲しいところです。実際のところは、A、Bと同じように、契約時の賃料相場の認識を共有し、その資料を残しておくことは、殆どなされていないようにおもわれます。

 

賃料の改定方法

A、B間では賃料の改定は当事者の協議によって定めるとあり、その際には、物価の変動、公租公課その他の負担の変動、近隣土地建物賃料の変動、その他経済情勢の変動による諸事情を考慮するとあります。

賃料改定の目安(基準)となるものは

この事例でみると当事者の協議はよいのですが、その際に参考とするものが物価の変動等多岐にわたり、これでは協議がまとまらないことが多いといえます。

当事者で協議する際に基準となるものが、消費者物価指数とか家賃指数とか、或は消費者物価指数と企業向けサービス価格指数(例えば事務所東京圏賃貸)の平均値とか、一義的に定まるものであって、かつ物件ごとに相応しいものであれば、将来の紛争の防止に大いに役立つといえます。しかし、これがなかなか難しいのです。

地域により、事務所ビル、物流施設、店舗等の種類や規模その他により賃料の変動指数は異なってきます。

新規賃料と継続賃料でもまた異なります。

最初に決めた基準となる指数が5年〜10年後では役に立たなくなる場合も考えられます。

賃料改定の基準を見つけることは大変難しいことですが、難しいからといって適切な指数を捜し当てることをあきらめてよいということではありません。できる限り物件に相応しいものを見つけ、さらに賃料改定時にこれを見直し再検討していくことが大切です。

(賃料増額特約)

ところで、A、B間では賃料改定は協議によることになっていますが、賃料増額特約もよくみかけます。例えば2年毎3%アップするとういように。

本事例では賃料改定は協議によることになっていますが、Bが新規事業を何としても成立させたいため、Aに気に入ってもらうよう自動増額特約を入れることがあります。これにより、Aの借入金返済計画は確固たるものになります。しかし、賃貸借期間が20年という長期にわたる場合は、この特約には無理があります。10年先、20年先は当事者の予見可能なことではありません。

自動増額特約により将来賃料が不相応になれば、借地借家法第32条第1項が適用されて、賃料の減額請求が認められることになります

賃料増額特約は将来、賃料紛争を起こす危険性が高いので回避するのが適切といえます。

 

契約期間中の賃料改定にあたり検討すること

契約で賃料が決められ、賃料改定で基準となる適切なスライド指数が定められスタートしても将来A、B間で賃料について紛争が生じないというわけにはいきません。Bの経営が思わしくなければ、契約条項で定められた改定賃料をさらに減額請求してくることも十分考えられます。

 

契約時の

月額賃料

 

4年後の

月額賃料

 
契約ベース 5,000円/坪

契約上の

賃料改定指数

−2%

①4,900円/坪

②4,750円/坪

   4,900円−(4,900円−4,600

 円)×1/2

  ↑+4.2%   ↑+6.5%

③4,793円/坪

   4,600円×(1+0.042)

周辺の

相場新規賃料

4,800円/坪

新規賃料

下落率

−4.17%

4,600円/坪

④4,847円/坪

   (①+③)×1/2

契約上の賃料改定指数に基づき、4年後に現行契約賃料は月額4,900円/坪になるところ、Bから経営状態が悪いという理由で4,700円/坪に減額して欲しい旨の請求があったとします。

周辺相場新規賃料を調べると、契約時は4,800円/坪だったものが−4.17%下落し4,600円/坪であることがわかりました。周辺相場賃料は契約時も4年後も不動産鑑定士に依頼したものでA、Bが納得しています。

契約上の賃料改定条項で採用された指数によると、5,000円/坪は−2%の下落で4,900円/坪になります。

継続賃料は賃料の遅行性により新規賃料より下落率は少ないことが一般的にいわれているところです。

A、B交渉の結果

 

①契約から4年しか経過していないので契約どおり4,900円/坪とする。

②現行改定賃料4,900円/坪と周辺相場新規賃料4,600円/坪の差額300円の1/2の150円を4,900円から差し引いて4,750円/坪とする。

③契約時の賃料と周辺相場新規賃料水準との乖離率4.2%を採用して4,793円/坪とする。

④契約から4年しか経過していないが、Bの経営事情を配慮して、上記①と③の中間の4,847円/坪とする。

など、さまざまな解決が考えられます。

その結果、賃料改定指数の見直しとか、新たな解決方法による(上記②〜④等)とか、将来の賃料交渉がスムーズに行くための検討が考えられます。これが大切です。問題を10年先、20年先に先送りするのではなく、賃料改定毎に見直しを検討していくことです。

いずれにしても、周辺相場新規賃料水準を押えておくこと、賃料改定指数を検討していくことが大切になってくると考えられます。

継続賃料では、周辺相場新規賃料に比較して高いのか安いのか、その程度はどのくらいなのかを検討していくことが交渉の糸口になると考えるからです。

その際、周辺相場新規賃料がいくらかということは、A、B双方で不動産鑑定士に一任して決めてもらうことがベターです。そうでなければ、賃料相場水準をめぐってA、Bが対立してしまって解決にならない危険性が高いからです。

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